何もない
たとえば,ある人が亡くなると同時に世界中を走査し,まさに「その瞬間から」どこかの国で静かに稼働しはじめた防犯カメラの稼働情報を自動で割り出すことにより,特定の人間の死とどこかに設置された特定の防犯カメラの稼働とをただ「その瞬間」という偶然において結びつけようとするソフトウェアにとっての欲望の内実とは,いったい何だろうか.
仮に「宇宙の外部には何もない」のだとして,いやそうではなく「宇宙の外部」自体がないんだよと君が言ったとき,そう言ったときにだけ立ち現れる「宇宙の外部」という君の空疎な観念が,「宇宙の外部には何もない」ことと実は等しかったのだとしたら,宇宙の外部とはいったい何だろうか.
プログラムされた欲望ほど純粋で苛烈な情動があるのだろうか.「何もない」とは,宇宙の外部の果てしない出来事の横溢ではないだろうか.あるいは空疎な観念とは,血液の流れを止めるために用意された濃密な夜の闇ではないだろうか.そして「何もない」はどこにでもあり,どこにもないままわれわれを巻き込み,未知の感覚の領野へと駆り立て,宇宙の外部へと手を振らせてやまないのではないだろうか.「何もない」は不可能性ではなく,それが告知しているもののせいですでにひとつの現存であり,やがてあらゆる物質がまったく空々しいままに流れ去ったとき,大地を走査するその姿がはっきりと認められるのではないだろうか.そしてそれは静かに働きかけるのではないだろうか.記憶のなかの風のように.
夜のホームで電車に乗った君を見送るため手を振っているのに,いつまでたっても発車しないのでお互い窓越しに顔をしかめながら手を振り続けていたところ,とつぜん車内の電灯が消え,通りがかった駅員に無人ですよと言われてしまう.しかたなく手を振りながら帰宅した.こうして現在もまだ片方の手が震えている.
